この航空団は、以下の3個の飛行隊を擁していた。

第428戦術戦闘機中隊 428th TFS "Buccaners" ・・・・・・・・・・・Blue Line
第429戦術戦闘機中隊 429th TFS "Black Falcons" ・・・・・・・・Yellow Line
第430戦術戦闘機中隊 430th TFS "The Backdoor Gang"・・・ Red Line
F-4D-29-MC 66-7502
1980年3月ネバダ州ネリス空軍基地を訪れた我々の前で、TACのF-4Dレギュラー飛行隊が此処をベースに盛んにフライトをしていた。ネリス空軍基地をベースとする第474戦術戦闘航空団(474th TFW)”ロードランナース”の面々である。実は474th TFWは、1952年に日本の三沢基地で編成された航空団である。このページでご紹介するF-4Dを使うまでは可変翼のF-111Aを所有し ベトナム戦にも初参加した部隊として注目を浴びた航空団であったので、航空団の略歴でもF-111A時代のものがメインとなっている。ベトナム戦では、タイのタクリ基地をベースに1968年から”コンバット・ランサー作戦”を展開、当初は事故などでF-111A数機を失って評判が悪かったが、次第に地形追随能力や夜間の正確な爆撃能力の発揮で作戦成功に導き、戦闘爆撃機としてのF-111Aの優秀さがクローズアップされた作戦となった。正に実戦を通してF-111の実力を証明した航空団であった。
 1977年6月以降 マウンテンホームの336TFWにF-111Aを全て移管し、空軍戦術戦闘のメッカ、ネリス空軍基地でF-4Dの部隊として再出発した。傘下には、428TFS/429TFS/430TFSの3個飛行隊を擁し フィンチップは、其々ブルー/イェロー/レッドで区分けしていた。下の写真でお分かりの通り 当時は機体の左右に474th TFWのインシグニアを入れ TFSのものは書かれていなかった為 部隊の見分けをつける手立ては フィンチップの色だけであった。474TFWは1980年11月にF-16A/Bを転換し、TACとしてヒル空軍機、マクディル空軍基地に継いでアメリカ本国3番目のF-16航空団となるので、F-4Dファントムを使った時代は、4年ほどの短い期間だったのだ。なお この航空団は、1989年に解散している。
↑ テールレターや部隊インシグニアは、黒に塗り替えられているが、注意書などが機体中に残された珍しい形態、恐らく塗装変更の過渡期であろうと推測される。この機体は、ミネソタ州空軍で最後の任務に就いた。
↑ 428th TFSのF-4Dの基本塗装、この飛行隊の白いテールレターのF-4Dは写真は少ないようなので、1980年までには殆ど黒レターに変更が終了していたようである。キャノピーラインも蒼のラインが入り、チップラインと共に飛行隊を識別できた。この66-7667は、最後余生をワシントンDCの121st TFSでおくった様である。
↑ F-4D 6-7544、本機はマーベリックミサイルの運用能力を付与されていたようで、翼下に懸架されている。
第二次大戦中の1943年にカルフォルニア州のモハーベで生まれた飛行隊で、双胴の悪魔P-38戦闘機でデビューしている。部隊創設後訓練期間を経て、直ぐにヨーロッパ戦線に派遣され、ノルマンディ上陸作戦の事前準備として、フランス各地のドイツ軍を動きを弱めるため、橋梁や道路の遮断などの地上攻撃に参加している。戦後は一度部隊は解体されたが、朝鮮戦争勃発を機に復活し、第474戦闘爆撃航空団の傘下に入った。
 この部隊が注目され始めたのは、ネリスで最新鋭のF-111A航空団として、第474戦術戦闘航空団(474th TFW)が編成され、ベトナム戦に投入されてた際である。1968年のコンバットランサー作戦に参加したこの航空団は、タイのタクリ空軍基地をベースにベトナムへの出撃を繰り返した。初期の出撃では新鋭機運用の未熟さもあり被害が多く、F-111の評判は悪かったが、後に夜間爆撃での能力を認められるようになる。ベトナム戦争から戻った飛行隊は、F-111Aをアイダホ州の366th TFWに譲り、ネリス空軍基地でF-4Dを運用することになる。このページでは、先ずスコードロンカラ―青の当飛行隊のF-4Dの活動からUPしていく。
↑ 私が撮影した同飛行隊の中で一番若い機体がこれで、F-4D-31-MC 66-7758。オクラホマ州の予備役部隊 507th TFGでの任務を終えた後、1988年3月韓国に売却されている。
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↑ F-4D-31-MC 66-7715。当時の西ドイツ、スパンダーレム空軍基地の52nd TFWより移管されてきた機体で、この後幾つかの州空軍で使われて、1988年に韓国空軍に売却された機体。
F-4D-30-MC 66-7675
↑ F-4D-30-MC 66-7647。増装タンクはオーバーラル迷彩化に備えて、オール濃緑色の物を使っている。1980年3月既に同航空団には下面も迷彩が施されたF-4Dが数機存在していた。
↑ アメリカ人が好きなトリプル5のF-4D 66-7555。ドイツのスパンダーレムから移管されて来たファントムで、1981年以降はオクラホマ州のリザーブ部隊507th TFGに送られ テーレター”SH”を付けて飛んでいた。1989年に引退している。
F-4D-30-MC 66-7544
F-4D-29-MC 66-0273
↑ ネリスに着陸する428th TFSのF-4D 66-7469。この機体は、この後ホームステッドの31st TFWに送られ 最後はニューヨーク州空軍で任務を終えている。珍しく機首下にECMポッドを付けている。前線では無いせいか、この飛行隊では付けている機体は比較的少なかった。
↑ ネリスに着陸する428th TFSのF-4D 66-7675。我々は旅の最後で手持ちの白黒フィルムの不足をリーバーサル購入でカバーしたので、少ないがカラー写真も残っていた。このF-4D-31-MC 66-7675は、1986年3月に僚機と衝突して墜落したとある。
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F-4D  474th TFW
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↑ 今は壁が出来てゲートも新設されているが、1980年には道路から200mmレンズでこのようなシーンが撮影できた。時々ここでエンジンテストも行っていた。F-4D-29-MC  66-0251。この機体は撮影した3か月後の1980年6月にネリスで墜落し、パイロットが亡くなっている。
F-4D  428th TFS